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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2154号 判決

原告

金春貴謝子

被告

株式会社神戸屋

ほか一名

主文

一、被告らは原告に対し、金二五一、八六二円および内金二一一、八六二円に対する昭和四三年五月三日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決の一項は、仮に執行することができる。

五、ただし、被告らが原告に対し各金二〇万円の担保を供するときは、それぞれの右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告らは各自原告に対し、金一、四四八、九九四円および内金九四一、五二〇円に対する昭和四三年五月三日から、内金二六七、四七四円に対する昭和四四年七月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故の発生

日時 昭和四二年八月二二日午前七時ごろ

場所 大阪市旭区今市町三の六四番地先交差点

事故車 普通貨物自動車(大阪一そ四五一九号)

運転者 被告安村

態様 原告は、訴外西村侃久運転の軽自動車(八大阪八四〇〇号、以下西村車という)に同乗して北から南へ進行中、折から西から東へ向つて進行中の事故車と衝突した。

負傷 原告は、左前頭部打撲、右大腿、右下腿打撲傷の傷害をうけた。

(二)  帰責事由

1 被告会社は、本件事故当時、事故車を所有し、これを自己の業務のための運行の用に供している。

2 被告安村には、前側方不注意、優先道路の無視、徐行義務、制限速度違反の過失がある。すなわち本件交差点は、信号機の設置がなく、南北路の幅員八メートル、東西路の幅員六メートルで一見して明らかに南北路が優先道路であるから、被告安村は北側から交差点へ進入してくる車両の有無を確認し、徐行するなどして出合頭の衝突を未然に防止する義務があるのに、これを怠り、西村車が北側から交差点へ進入しようとしてその手前で一旦停車した後、進行しはじめているのを看過して慢然と制限速度に違反して事故車を進行せしめたため本件事故が惹起された。

3 被告会社は、自賠法三条により、被告安村は民法七〇九条によりそれぞれ本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

(三)  損害

1 治療費 金一八三、〇八〇円

原告は、事故後昭和四二年一〇月九日まで大阪市旭区森小路の福島病院に入院し、その後同年一二月一五日まで同病院へ通院して治療をうけた費用である。

2 入院雑費 金二一、七〇〇円

3 通院交通費 金二、八二〇円

4 付添費 金五〇、二二〇円

原告の入院期間中、付添婦七日間(金八、二二〇円)家族の付添が四二日間(一日金一、〇〇〇円として金四二、〇〇〇円)の付添費である。

5 逸失利益 金四三二、一二四円

原告は、本件事故前就職していて、その平均月収は金一九、六四二円であつたが、事故後現在まで就労不能の状態である。ことに事故の際左前額部を強打したため、頭部に鈍痛が残り、目まいがあり一人で外出も出来ないからである。従つて事故後二二か月分の原告に生じた逸失利益を損害として請求する。

(一九、六四二円×二二=四三二、一二四円)

6 慰藉料 金一〇〇万円

原告は、前頭部に約三センチメートルの傷痕があり、前記後遺症のため就労できず、勤務先を解雇されて再就職も困難であり、これらの諸点を勘案すれば、その精神的肉体的苦痛は大きい。

以上合計金一、六八九、九四四円

ところで原告は、被告会社から治療費等合計金四八〇、九五〇円の支払をうけたので、これを控除すると残金一、二〇八、九九四円(内逸失利益分は金二六七、四七四円)となる。

7 弁護士費用 金二四万円

(四)  よつて、原告は被告らに対して各自金一、四四八、九九四円および内金九四一、五二〇円に対する訴状送達の翌日である昭和四三年五月三日から、内金二六七、四七四円(逸失利益分)に対する昭和四四年七月二五日から各完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

二、被告ら

(一)  請求原因に対する答弁

本件事故の発生は認める。

帰責事由1は認める。2は被告安村に前側方の安全確認義務違反の過失があつた点のみ認め、その余を争う。

南北路、東西路の幅員の差は、僅か二メートルにすぎず南北路が道交法三六条二項に定める一見して明らかに広い道路とはいえず、優先道路に該当しない。

損害について、治療費、治療経過、原告の平均月収額は認めるが、その他はすべて争う。

(二)  過失相殺

原告と訴外西村侃久とは、内縁の夫婦である。もつとも両名は戸籍上昭和四二年二月七日離婚しているが、その後半年経過して格別用件もないのに西村車に同乗していたこと、事故後警察での取調べの際に、互に妻、夫と述べていることから、事故当時内縁関係にありたものである。仮にそうでなくとも現在両名は再婚しているので、衡平の見地から訴外西村の後記過失によつて過失相殺の方法により簡易、査さいな解決をはかるべきである。訴外西村は、本件交差点において左右の安全を確認せず、慢然と交差点中央へ西村車を進行せしめた過失がある。

(三)  被告会社は、原告に対して左記のとおり金四八九、五六〇円を弁済した。

治療費 金一八三、〇八〇円

休業補償 金一六四、六五〇円

慰藉料 金一〇一、〇〇〇円

付添費 金三二、二二〇円

氷代 金八、五六〇円

三、被告の主張に対する原告の答弁

(一)  過失相殺について

訴外西村には本件事故について過失がない。仮に過失があつたとしても、過失相殺の対象とならない軽微なものである。また原告と訴外西村は、事故前離婚して、事故当時夫婦でなかつた。

たまたま訴外西村が、実子佳士に会うため原告方を訪ねて帰宅に際して原告を勤務先まで送るということで、原告が西村車に同乗していて本件事故に遭遇したのである。そして事故後、訴外西村は身寄りのない原告に同情して、原告を自宅に引取り、その後再婚したのである。従つて被告主張の過失相殺について争う。

(二)  弁済について

すべて認める。ただし氷代については本件請求外であり、これを除く金四八〇、九五〇円を本訴請求額から控除した。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故の発生は、当事者間に争いがない。

二、被告安村の責任

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、市街地で南北路と東西路とが直角に交差していて、信号機はなく、左右への見透しの悪い交差点で、ことに北西角に植込みがある。南北路は幅員八メートルで車両の通行多く、一方東西路は幅員六メートルで車両の通行はあまりない。いずれの道路もアスフアルト舗装され、かつ平たんである。被告安村は、早朝からパンの箱を集めるため事故車を運転して西から東へ時速約三〇キロメートルで進行し、本件交差点の状況を前から知つていたので、その手前一〇ないし一五メートルの所で、小さく二回クラクションを鳴らしたのみで、徐行せず、そのままの速度で進行した。交差点に進入する直前に、交差点の北側から進入して来た西村車を発見したが、すでに五メートル程度の距離しかなく、急ブレーキをかける間もなくそのまま事故車の左前角あたりで西村車の右前フェンダー部分に衝突せしめた。訴外西村は、西村車で時速一五ないし二〇キロメートルで南進し本件交差点にさしかかり、アクセルペタルから足をはずして、ブレーキペタルに乗せ、徐々に速度を落して交差点に進入しようとした。その際左右から車が進行してくる気配がなかつたので、ゆつくり直進したが、衝突するまで事故車の進行に気がつかなかつた。助手席に同乗していた原告から危いと声をかけられたが、すでに事故車が至近距離にいて急停車の措置も効果なく衝突するに至つた。(なお右認定に反し証人西村の証言の一部では、西村車が交差点手前で一旦停車した旨述べ、原告本人尋問の結果にもこれに添うところがあるが、〔証拠略〕によると事故直後の警察での取調の際にはこのことを述べておらず、にわかに措信できない。)他に右認定を動かしうる証拠はない。

右事実によると、本件事故について被告安村は、本件事故現場の状況を知りながら、早朝でもあるため徐行せず直進し、左側方の安全を確認しなかつたこと、また東西路と南北路とを比較するとその幅員から一見して南北路が優先道路であること明らかで、被告安村はこれを十分承知していたものと推認されるので、西村車の進行を妨げないようにすべきであるのに、これを怠つたことの過失があることは明らかに認められる。そうすると、被告安村は民法七〇九条により本件事故から生じた原告の後記損害を賠償する義務がある。

三、被告会社の責任

被告会社が本件事故当時事故車を所有し、これを自己のための運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので被告会社は自賠法三条により、前同様原告の損害を賠償する義務がある。

四、損害

1  治療費 金一八三、〇八〇円

治療費、治療経過は当事者間に争いがない。

2  入院雑費 金一四、七〇〇円

原告の入院期間(四九日)中、一日金三〇〇円を下らない雑費を必要とすること公知の事実であるから、入院雑費として、

三〇〇円×四九=一四、七〇〇円を認める。

(なお、〔証拠略〕によると子供の食費など相当でないものを含んでいるのでこれをそのまま算定の根拠にはできず、結局認定のとおり算定するのが相当と思料する。)

3  通院交通費 金二、八二〇円

〔証拠略〕によると、原告は大阪市旭区森小路九丁目の福島病院を退院してから元の夫であつた西村侃久と同棲し再婚して、同人の住所である守口市祝町から四〇回通院したことが認められる。右距離において、タクシーの使用も数回ありうることを考慮すると、請求どおり認めることができる。

4  付添費 金四〇、四二〇円

〔証拠略〕によると、原告の入院中付添看護を要したので七日間付添婦を雇い、四二日間を家族が付添をしたことが認められる。原告は、付添婦に対して金八、二二〇円を支払つたと主張し、職業的付添婦の場合、右金額は相当なものとして認められ、また家族の付添についても、その労働について金銭的に評価され、加害者側はこれを支払う義務があるから、付添婦より低くめに一日あたり金八〇〇円として金三三、六〇〇円を原告の損害として認める。

5  逸失利益 金一六五、四九四円

〔証拠略〕によると、原告は大阪市城東区両国町三六四の株式会社中部マツダに勤務して平均月収金一九、六四二円(月収額は当事者間に争いがない。)を得ていて昭和四二年八月末日までの給料は受給しているが、その後同年一二月末日まで負傷のため欠勤し、同期間の給料と同年の年末手当金二八、〇〇〇円は受けていないこと、原告は通院を終了した昭和四二年一二月一五日その傷害は治ゆし、後遺症として左前頭部に長さ三センチメートルの打撲症あとが色素沈着の形で残つているのみであるが、治療を打ち切つた後も頭痛を訴えていること、右中部マツダは、同年一一月二〇日に同年末かぎり原告を解雇する旨予告し、解雇したことが認められる。

そうすると、通院をやめてから三か月程度はすぐ就職することも困難であると認められるので、休業損として昭和四二年九月から昭和四三年三月末まで七か月分給料と年末手当とを原告の休業損として(金一六五、四九四円)認める。

ところで、前記認定したとおり、原告は福島病院を退院してから後、西村侃久と同棲し再婚しており、かつ原告本人尋問によると、中部マツダを退職後、就職をしていない。原告は右本人尋問で頭痛等の後遺症により仕事ができないからと説明するが、右後遺症のために医師の診断、治療をうけたと認めうる証拠はなく、本人ならびに夫である西村の証言以外にこれを立証するものがないので、この部分を右認定した一二か月程度以上に就職に影響があるものとして過大に信用することはできない。なお甲一、二号証の内容は、右本人の説明に基づくものと考えられ、右同様にわかに信用できない。むしろ西村との再婚により就職する必要がなくなつたのでないかと推測もされ、その後の逸失利益の請求は認めない。

6  慰藉料 金四〇万円

原告の傷害程度、後遺症、治療経過、その他本件事故の態様(ただし後記過失相殺すべき事情を除く)などを斟酌して、原告の身体的、精神的苦痛に対する慰藉料として金四〇万円が相当である。

(以上合計八〇六、五一四円)

五、過失相殺

前記二、に認定した事実によると、訴外西村侃久にも交差点進入に際して、右側を十分注視していなかつた過失があることは明らかである。これを被告安村の過失と対比すると、その割合は西村が一五、被告安村八五とするのが相当である。ところで、原告は西村車に同乗していた者であるから、原告自身に過失があるとはいえず、運転者の訴外西村との間に身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係がある場合にのみ被害者である原告側の過失として過失相殺をなしうるのである。すでに認定した原告と西村との関係と〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。原告と西村侃久とは、夫婦であつたが、昭和四一年ごろ別れて、昭和四二年二月七日離婚届をした。ところが二人の間に佳士という子供があり、原告の許で養育されていたので、その養育費月五、〇〇〇円を西村が負担していた。そのためか、離婚届出をしてから二週間後には、原告との交際が復活し、週一回程度は会つており西村の車に原告が時々同乗していた。本件事故当日には西村が子供と会うため原告方へ行き、その帰りに原告を勤務先まで送る途中であつた。しかも当時から互に夫妻のように呼んでいて、事故直後の警察での取調べに際しても夫、妻と呼称していた。そして原告は退院した後に西村と同棲し、昭和四二年一一月ごろには再婚することになつた。

右事実からすると、本件事故当時原告と西村とは内縁関係にあつたと断定できないが、それに近い程親密な間柄であり、世間には夫婦であるように振舞つていたと推認できる。しかもその後再婚した事情から容易にこれを肯認でき、通常の結婚前の男女の交際ではなかつた。かような関係にある場合には、実質的に前記一体関係を認めるべきであり、損害の公平な分担をはかる過失相殺の理念に適合するものと考える。

よつて、前記訴外西村の過失割合を原告側の過失として、損害額金八〇六、五一四円と別に弁論の全趣旨から本件請求外の損害であること明らかな氷代八、五六〇円(金額について当時者間に争いがない。)を加えて過失相殺すると、金六九二、八一二円となる。

六、弁済

被告会社が、原告に対しその主張のとおりの金四八九、五六〇円を弁済したことは当事者間に争いがなく、そのうち本件請求外の前記氷代を除き、本件に充当されるべき金額は金四八〇、九五〇円であるからこれを控除すると金二一一、八六二円(なお逸失利益分は計算上消滅し、これに含くまれていない。)となる。

七、弁護士費用 金四万円

原告が、被告らに対して前記損害賠償請求権を有しているところ、被告らがこれを任意に弁済しないこと、原告が本訴訴訟代理人に対して費用等の支払義務を負つていることは〔証拠略〕によつて明らかである。そこで前記損害額、事案の難易から考えて弁護士費用として金四万円を本件事故と相当因果関係のある原告の損害と認める。

八、結論

原告は、被告らに対して各金二五一、八六二円および弁護士費用を除く内金二一一、八六二円に対する昭和四三年五月三日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余の部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行および同免脱の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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